SNS上のスポーツファンコミュニティにおける攻撃行動と心理的要因の分析

南部研究室 中田吏紀

スマートフォンの普及により,人々は容易にインターネットにアクセスできるようになった.特にSNSは生活の一部となり,顔のわからない他者とコミュニケーションを取り,繋がることもある. 総務省が実施している通信利用動向調査によると,情報通信機器の世帯保有率は携帯電話やスマートフォンなどのモバイル端末では,9割を超えている. その中でもスマートフォンは急速に普及が進んでおり,2010年では1割程度であったが,2020年では8割以上の世帯で保有している. また2020年のインターネット利用率は83.4%であるが,スマートフォンによるインターネット利用率は68.3%とパソコンやタブレット端末などの他の端末と比べても最も利用率が高いことがわかっている. インターネットの利用において大きな割合を占めているのがコミュニケーションメディアである.なかでもソーシャルメディアについては平均利用時間及び行為率が増加している.全年代の行為率では休日についてソーシャルメディアがメールを初めて上回った. インターネット,そしてインターネットにアクセス可能なスマートフォンの普及により,特にSNSのような個人利用の傾向が強いソーシャルメディアは発展しているといえる.
SNSの在り方は多様に変化し,単にユーザーが情報発信するだけではなくなった.クラスタと呼ばれる共通の趣味や興味を持ったユーザー同士が集まり,お互いの投稿に価値を見出し群れを成したりする. クラスタ同士でコミュニティを作ることで情報をいち早く得ることができるからである.
このように, SNSはコミュニティ形成の場として非常にメジャーになっている.SNS上での具体的なコミュニティ形成の方法として,ハッシュタグが挙げられる.ハッシュタグを用いて同じことに興味を持った人同士が,共通の話題でコミュニケーションを図ることができる. また,2021年2月25日に,Twitter社はTwitter上の新たなサービスとして「コミュニティ」を発表している.これはユーザが共通の興味関心を持つトピックごとにグループを作成できる機能である. この機能によりユーザは作成したグループに合ったツイート共有することができ,同じことに関心をもつ者同士でコミュニティ内での活発なやりとりを促すことできる.
一方で誹謗中傷などの攻撃行動が問題となっている.例として他人を侮辱したり,マウントを取って相手を見下すこと,必要以上に批判することなどが挙げられる. 匿名で誰でも自由にコメントできるので,不特定多数に向けて個人の誹謗中傷をしたり,特定の個人にいやがらせをする事例が発生している.特に芸能人をターゲットにした誹謗中傷では被害者が自殺に追い込まれるケースもある.誹謗中傷は早急に解決すべき問題である.
なかでもスポーツファンはその傾向が強いことが指摘されている.スポーツファンを研究対象とする理由が2つある.スポーツファンのコミュニティは同じプロスポーツクラブを応援する者同士が集まり,試合の感想や熱狂をリアルタイムで共有することでコミュニティを形成している. ここでいうコミュニティとは,水野・佐野・笹原(2021)よりソーシャルメディアでの投稿や閲覧で何らかの「活動」,「大義や目標」を共通する人々とする.
同研究によると,日本のプロ野球において試合中の緊張感のあるイベントで,バーストと呼ばれる爆発的なツイート数の伸びが観測されている.これは集団の情動的共感や一体感が影響しているとされており,優勝したい,勝ちたいといった共通目的によって引き起こされる.スポーツファンはSNS上で感情を表出しやすいことが見て取れる. また鳥海・榊(2017)より,バースト現象は他のファン対象にもみられ,声優ファンやバイクファン,政治,ゲーム,イラスト描き趣味など様々なコミュニティで起こることがわかっている.
SNS上のスポーツファンにはネガティブな特徴もある.例として,マウント,過度な煽り,ライバルへの侮辱などが挙げられる.赤の他人に対してコミュニケーションを取るまでのハードルが低いのが見て取れる.内田・舟橋・澤井・間野(2020)では日本のプロバスケットボールリーグにおいて,強豪クラブ,競技成績の拮抗,地理的近接性などが複合的に作用して対戦チームをライバルとして認知することが明らかになっている. 同じスポーツのファンでもライバル視することが影響して攻撃行為に至ってしまうと考えられる. これらの理由からスポーツファンを対象とした.
これらの特徴からスポーツファンに攻撃行動が顕著なのは,スポーツには勝敗がつき試合展開にファン感情が同期し,勝ったファンはライバルにあたる負けたファンを攻撃するからであると推測した. この推測からスポーツファンの攻撃行動にはファン対象のチームや,ファンコミュニティへの帰属意識が関係していると考える.チームをより強い思いで応援している人やファンコミュニティとの結びつきが強い人ほど,ライバルのチームやコミュニティに対し攻撃的になると考えたためである. 帰属意識を測る尺度として出口・長谷川・清川・菊池(2021)のチーム・アイデンティフィケーション(以下,チームID)及びファンコミュニティ・アイデンティフィケーション(以下,ファンコミュニティID)を用いる. これらはチーム及びファンコミュニティに対する心理的な結びつきとして使用されており,本研究に適していると考えたためである.
比較対象として田村・小塩・田中・増井・ジョナソンピーターカール(2015)の日本語版Dark Triad Dirty Dozenを使用する.これは主に攻撃行動や非行といった周囲の他者に厄介を与える外在的な問題行動と関連しており,個人の反社会的パーソナリティを測る尺度である. チームID,ファンコミュニティIDと日本語版Dark Triad Dirty Dozenのどちらが攻撃行動と強く結びついてるか比較することで本研究の仮説を検討することとする. なお本研究における攻撃行動は田村・小塩・田中・増井・ジョナソン(2015)より周囲の他者に厄介を与える外在的な問題行動と定義する.
本研究では,SNS上のスポーツファンを対象とした質問紙調査を実施する.攻撃行動の背景にあるのがスポーツファンとしての心理特性なのか,その人個人の攻撃的な心理特性である反社会的パーソナリティが働いているのかを比較,検討することを目的としている. さらに攻撃経験者に対し攻撃行動するときの感情とその程度を回答してもらい,特徴を詳細に検討した.

クラウドソーシングとTwitterのサッカーファンコミュニティで,質問紙調査を実施した.チームへの帰属意識を測る尺度としてチームID,ファンコミュニティへの帰属意識を測る尺度としてファンコミュニティIDを使用した. 反社会的パーソナリティを測る尺度として日本語版Dark Triad Dirty Dozenを使用した.SNS上での攻撃性を測る尺度として日本語版ネット荒らし尺度を使用した. こちらはスポーツファンを想定したものに内容を変更し名称をファン攻撃性に変更した.チームID,ファンコミュニティID,DTDDを従属変数と回答募集媒体を独立変数,ファン攻撃性を従属変数とする二要因分散分析を行った. 結果,Twitterの回答者のほうが,クラウドソーシングの回答者よりも攻撃性が高いことが示された.また,Twitterの回答者ではファンコミュニティへの帰属意識が,クラウドソーシングの回答者では自己中心的な個人特性が,それぞれ攻撃性と関連していた. このことから,社会的な属性の違いによって攻撃性に関わる心理的要因が大きく異なることが明らかになった.
さらに攻撃行動時の感情を分析した.分析をする際,攻撃行動の内容から「侮辱」「マウント」「煽り」「反撃」「拡散」「批判」に分類して,攻撃の種類ごとに感情の表出傾向に特徴が出ることを狙った. 結果「侮辱」「マウント」において他の攻撃にない特徴がみられた.侮辱では興奮と驚きの感情が強く表出していた.このことから,侮辱は試合結果が影響した強い興奮状態によって起こると推測した. マウントでは恥と罪悪感の感情が強く表出していた.このことからマウントは突発的に起こっており,攻撃後に後悔していると推測した.

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